史跡を巡ると、歴史を感じることが出来るような気が・・・。 色んな地を巡って史跡を紹介しています〜 少しでも皆さんの史跡巡りのお役に立てれば嬉しい限りです。
史跡巡り「宇留 春日神社」
2008年01月23日 (水) | 編集 |

「春日神社」

春日神社
住所⇒神戸市西区平野町宮前(地図
アクセス⇒神姫バス「平野連絡所前」下車
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−春日神社由緒−

神武天皇一族が明石川を船で上り、この平野地区に水田を開き、
一人の皇子を残して天皇は東の大和へ向かった(向宇留<ムカウル>)といういい伝えがあります。
当初は飛谷に鎮座していましたが、斉明天皇6年(660)に今の宇留山に遷り、
宇留宮、宇留の神社と呼ばれ、天皇が大和へ旅立つ前に遠望した石が、
遥拝所石碑として今も残されています。
(神武天皇遥拝所の碑)春日神社

『兵庫神社誌中巻』には、
「用明天皇二年(587)二月十五日の創立と伝へ斉明天皇六年九月及び
嵯峨天皇弘仁十二年九月両度社殿を再建す、延喜式に明石郡九座宇留神社とあるのは
当社にて中世大和国春日神社と御同体の故を以って春日神社と称す」
・・・・・・と記されています。
                                      −神戸の神社より引用−
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最初の写真の入口からそんなに歩くことなく境内へ行けます。
この坂を登らず、道路沿いに少し歩くと階段もあります(でも坂の方が楽だね(;^ω^A)。
春日神社

−境内−

(手水鉢)
春日神社 春日神社 
元文三・・・・戌(1738年)かな?あと、十二の文字も確認できます。十二月って事でしょう。

−境内社−

(稲荷社)春日神社
            春日神社
春日神社
稲荷社以外の二社・・・・、若宮社、御門社とありますが、どちらがというのは解らないです。

(狛犬)春日神社  春日神社
(拝殿)春日神社
(本殿)春日神社
祭神は、武甕槌命、経津主命、天児屋根命、姫大神。
(本殿、幣殿、拝殿は十八世紀後期の建物であります)
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「能舞台」
春日神社
春日神社
             春日神社
春日神社      春日神社
この能舞台もまた本殿等と同じ時期のものであり、昭和53年には大修理されました。
平成11年2月に神戸市指定有形文化財に指定されています。
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オススメ度☆★★★★

能舞台がある神社へ行っていつも思うのは、今でも使われてるのかな??ってこと。
使われてたとしたら祭礼の日とかかな??
いつか、能舞台が使われてるところを写真におさめたいな・・・・というのが、
今の目標ですp(*^-^*)q

史跡巡り「しばり地蔵」
2008年01月14日 (月) | 編集 |
慶明寺を後にした私は次の目的地へと向かっていました。
すると、民家らしき建物の奥に看板が立ってる。
それも、史跡の説明が書かれてるっぽい看板!
そして、原付を停めてその場所へ・・・・・・・・・・・・・・。

あ!しばり地蔵だ!!!!!

このしばり地蔵は、以前「路傍の歴史発見」で見たことがあったので知ってはいた・・・けど、
それがまさかココにあったとは・・・驚きでした。
しばりじぞう
慶明寺からはそう離れていません。徒歩なら10分くらいかな(地図)。
上の写真はしばり地蔵がある場所から慶明寺を写したものです。
右手の奥の高台・・・・お墓がたくさん見える場所が慶明寺であります。
しばり地蔵
この写真からも解るように・・・・よく見つけたなと自分でも感心するほど、
ちょっと解りにくい場所でもありますし、見過ごしてしまいそうでもあります。
(慶明寺への行きしなにも同じ場所を通ったのに全く気付かなかったくらいですし)
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「しばり地蔵石仏」

しばり地蔵
このお地蔵さんは、花岡岩(かこうがん)で出来ていて、地蔵菩薩本体の高さは97cm、
船方光背(光背⇒仏身から発する光明をかたどった、仏像の背後にある飾り)と
台座を合わせると146cmにもなります。
右手には錫杖、左手には宝珠を持ち、小蓮台に左足を降ろした半跏(はんか)踏み下げと
いわれる姿勢をとっています。
その姿は、巨大な石材の特質を最大限に生かしきった丸彫りに近い厚肉彫りで表され、
優しさのなかにもずっしりとした迫力を感じることができます。

残念ながらこの石仏には造られた年代を示す銘文は刻まれていません。
しかし、丁寧に彫り込んだ姿、顔立ち蓮弁(台座や光背)の様式などからみて、
鎌倉末期から南北朝時代(14世紀頃)に造られたものであることはほぼ間違いないとのことです。

この魅力的な石仏は、かつてこの地の東に存在したという白蛇の住む池への信仰から誕生
したと土地の伝説は語ります。
当時の人々は、神の使いとされ白蛇の住む聖なる場へ、
同じく尊い存在である地蔵菩薩を切なる願いを込めてお祈りしたのでしょう。

その後、石仏への長い信仰のなかで“21日の間、縄や紐で像を縛れば願いが叶う”
という霊験談が生まれ、いつの頃からか、“しばり地蔵”という名が広まっていったとのことです。

神戸市指定有形文化財であります。

                                      −説明板、大辞泉より−
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オススメ度は・・・・・慶明寺とご一緒にということで。

写真では解りづらいですが、本当にお地蔵さんが何本もの紐で縛られております。
考えてみれば色んなお地蔵さんがいるもんですね!
水を掛けたり、油を掛けたり・・・・・そして紐で縛るお地蔵さんまでいる。
他にも探せばもっともっとあるかもしれないですね。

史跡巡り「花岡太郎の石 慶明寺」
2008年01月13日 (日) | 編集 |
「慶明寺」

慶明寺
慶明寺
住所⇒神戸市西区平野町慶明97(地図
アクセス⇒神姫バス「神戸西高校前」下車、東へ約500m
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−慶明寺由緒−

弘安4年(1281)建立の臨済宗妙心寺派の寺院であります。
                             −西区役所HPより−

(また詳細が解り次第アップさせていただきます。)
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以前この場所を訪れたとき・・・・花岡太郎の石だけ写真を撮って帰りました。
お寺の麓にあるので、この石だけ撮ればいいだろうってその時思ってしまった(+。+)
それが後々心残りとなり、今回はお寺まで足を伸ばしてまいりましたヾ(@⌒▽⌒@)ノ
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−境内−

慶明寺
もう、散りかけの紅葉でしたがきれかったです。
その奥には多くのお地蔵さんがあったよ。
慶明寺
五重塔(この塔の正式名称ってあるのかな??)と、その奥に宝篋印塔があります。
(山門)慶明寺
                      (鐘楼)慶明寺
慶明寺
お稲荷さんかな??(詳細は解らないです)
(本堂)慶明寺
御本尊も詳細が解らないので解り次第アップさせていただきます。

−庭園−

                   慶明寺
慶明寺
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『花岡太郎の石』

慶明寺
この大きな自然石には安倍晴明の自筆とされる、弥陀三尊の梵字が彫られております。
慶明寺
(これだと思うんですが風化が激しく確認するのは難しいです)
梵字は月輪と呼ばれる丸い輪の中に刻まれており、
梵字の書体から室町時代のものと思われます。
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慶明寺の後ろには花岡山という小さな丘があります。

ここは大昔に古墳があったところで、当時の土器のかけらが見つかったり、
室町時代の年号が刻まれた地蔵が建てられたりしているので、
古くから神聖な場所とされていたようです。


「播磨鑑」によると、
この丘には平安時代の有名な陰陽師・安倍晴明が住んでいた・・・と伝えられています。
晴明手植えの松もあったらしいです。

その頃、この辺りには花岡太郎という暴れ者が住んでおり、
村人を悩ませておりました。
安倍晴明は、石の下に花岡太郎を封じ込め村人を救った・・・・と、
伝えられているのがこの大きな石であります。
(石の下に封じ込められるって・・・・よほどの悪人だったんでしょう)

                       −ふるさと押部谷、ふるさと西区歴史たんけんよりー
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オススメ度☆☆★★★

もう少し交通の便が良ければもっとお薦めしたい場所でもあります!
紅葉の季節はもっと素晴らしい景色を見せてくれることでしょう
(行くのも遅かったし紹介するのがも遅かった・・・申し訳ないですf(^ー^;)

また、神戸で安倍晴明の史跡に触れられるっていうのも貴重だと思いますので、
(結構神戸の史跡は巡ってきたつもりだけど今のところココが最初ですし)
だいぶ駅からは遠いですが足を伸ばす価値は・・・・あると思います。

史跡巡り滋賀県編「姉川古戦場跡」
2008年01月06日 (日) | 編集 |
さてさて、新年一発目の記事はどうしようと思いまして、
今まで撮った写真を見ておりました。
無難に以前行った西区辺りの記事・・・・でいっかな〜
いやいや新年最初の史跡の紹介だし、やっぱ心に残った史跡の紹介をしたいなと。

心に残る史跡・・・・・それは、躊躇なく1位は関ヶ原!
でも、写真がないため・・・・断念。
2位は、以前紹介した敦賀城址(念願の場所でもあったので)・・・・、
3位は・・・・って事で写真をみておりました。
岡山城、高松城・・・・福井城、北の庄城址、柴田勝家の墓・・・・甲乙付けがたいな〜(・_・;?
で、あ!姉川があるじゃないか!!!!!と思い出しました。

行ったのは一昨年なんだけどねf(^ー^;

私的!心に残った第3位(今のところは・・・だけど)の姉川古戦場を紹介したいと思います。
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「姉川古戦場跡」
姉川古戦場
住所⇒滋賀県長浜市野村町(地図
アクセス⇒JR「虎姫」、「長浜」下車、徒歩2時間ほど
私は貸自転車を利用していきましたが、すごくしんどかったです。
あまりに着かないので何度も何度も引き返そうと思ったほどです。
多分ではありますが、バスもあると思いますのでそちらを利用した方が良いと思います。
(本数がないため時間をチェックしていくといいですね)
お金に余裕があるならタクシーだけどねw
タクシーを1日借りきるっていうのも手ですね!そしたら色んな所行けるしね。

−姉川の風景−
姉川
               姉川
姉川
思ったより浅かったです。川遊びができそう。
きっと、行楽シーズンにはたくさんの人が訪れるんだろうな〜


−姉川の戦い−

姉川
この姉川を挟んで北に陣取る浅井・朝倉連合軍は約1万8千人、
かたや南に陣取るのは織田・徳川連合軍は約2万8千人でした。
(姉川合戦各軍配陣図)姉川古戦場

元亀元年(1570)6月28日午前5時頃・・・・・、
徳川方から仕掛けられたこの戦いは最初浅井・朝倉軍の方が優勢でありました。

織田方は、十三段構えの陣を十一段まで突破され、
信長の面前に刀、槍が突き出るまでに至りました。

しかし、徳川軍の力戦によって朝倉軍が後退したため、
浅井軍は右翼から崩れはじめこれに力を得た織田軍も総攻撃に転じ、
ついに浅井・朝倉軍は小谷城へ敗走することとなりました。
決着がついたのは午後2時頃のことであります。


この戦いによる戦死者は、浅井・朝倉軍が1700余人、
織田・徳川連合軍も800余人とみられ、
負傷者はその3倍にもおよび、清らかな姉川の流れも数多くの死傷者によって
赤く血に染まったと伝えられています。


この後、一時和議が成立しましたが、
天正元年(1573)8月・・・・、浅井氏は小谷城において滅びました。

                                           −説明板より−
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オススメ度★★★★★(≧ω≦)b

すごく良いです!!
正直、歴史書や小説・・・ゲームの中でしか知らなかった姉川の合戦の場所に自分がいる・・・・
立ってる・・・・
感動した!!!(古い・・・・か(爆))
これぞ史跡の醍醐味ですね。

でも、あまりに行くのに時間が掛かったため、貸し自転車の返却時間が迫ってしまい、
泣く泣くこの地を後にした・・・というのを、今でも強く記憶に残ってる。
ついでに石田三成生誕地も行こうと思っていただけに悔しいです!


是非是非訪れてくださいな〜ヾ(≧▽≦)ノ彡

明けましておめでとう〜ヽ(*'▽')/
2008年01月04日 (金) | 編集 |
とはいえ、もう4日だね。

クリスマスが終わって、年末迎えて・・・・気がついたら、年が明けてて、
ほんとあっという間だったね。


正月は読書三昧だ〜!と、意気込んで図書館で5冊ほど小説を借りたけど、
結局読めたのは1冊。
それも、年末に「半落ち」を見て、急に横山秀夫の本が読みたくなって、
「第三の時効」を。

次に「主を七人替え候」という本を読んだけど、
それほど、この本の世界観に入れず断念。
藤堂高虎・・・・結構好きなんだけどな〜
読もうと思えば読めるんだけど・・・・本の返却日が迫ってるからな〜

今は、「大軍師 黒田官兵衛」を読んでおります。
まだ、秀吉と官兵衛が会ったばかりの最初の方ですが、
なかなか面白いです。
読み切って面白かったらまた、お薦めの一冊として紹介します。


初日の出寝過ごして見れなかったよ(;>_<;)
初夢も覚えてない・・・・
雑煮はそれほど好きじゃないし・・・・
おせちも好きじゃない。
あっっっ・・・・・お年玉!!!!!!!
とはいえ、もらう年でもないし、
正月らしい正月を迎えることなく、今に至りました。
初詣は行ってきたよ〜近所だけど。
おみくじは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・末吉。
(-人-)ナームー...
ちょっと凹んだ。

そして罰当たりな事もした。

食べ物は粗末にしたら駄目!!!
っていうのは身にしみて解ってる。

解ってるけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、
コレは無理だよ。
コレ⇒kore
親戚の叔母さんが、自分の家では食べないので・・・・って、
持ってきたものだけど・・・・・袋いっぱいの中国茶と中国菓子。
あれだけ散々中国製の質の悪さを見せつけられて・・・・そしてコレ。

でも、食べ物を粗末にしたら駄目だと思い、何個か食べたり、
中国茶って飲んでみたかったんだ・・・・と、飲んだけど・・・・・・無理。
先入観が・・・・先入観が邪魔をする。

そして、やむなくゴミ箱へ。

きっと、置いてても一生食べないだろうし、飲まないだろうから。
誰かにあげても・・・・きっと困るだろうしね。


そして昨日は、友人の里帰りのお土産をもらってウキウキなのだ。
kibi
岡山名物「きび団子」
岡山といえばきび団子だよね!大好き(*^。^*)

桃太郎さん桃太郎さん〜お腰に付けたきび団子〜ひとつ私に下さいな〜♪

でも、友達曰くきび団子の横の「すぎ茶屋まんじゅう」も結構有名だと言ってた。
私の祖父母も岡山なので岡山に詳しいと思ってたけど、知らなかった・・・・
けど、美味しいので納得!
饅頭は基本的には嫌いなんだけどね。
あと、「大手饅頭」もおいしいよ!これも、岡山の銘菓だよ。

あ〜〜〜〜岡山行きたいな。
まぁ、墓参りで近いうち・・・か、盆には行くだろうけど。
そして墓参りの帰りに武蔵の里へLet's Go!!
(どっちがメインか解らなくなっちゃうよ)



昨年もいろいろいろいろ・・・・・・・・・・ありましたが、
今年はいい年になりますように。
と、心から願っている今日この頃であります。
嫌なことを頼まれたり、面倒くさいことを頼まれると、
すぐ「あ〜?」と、不機嫌な顔になっちゃうのをやめようと思ってます。
あとは、他人の幸せを喜べる人間になりたいかな。
去年はすごく近い友達が結婚したので、結婚の現実となりをコンコンと教えてしまったし。
別に私自身結婚してるわけでないのに。
やさしいのは最初だけだよ!とか・・・・「そんな事ないよ〜〜」って言ってたけど、
それは・・・まぁ結婚生活で味わえばいいさと。
結婚は人生の墓場って言葉もあるくらいだしね。
別に妬んで言ってるわけではないよ!!(;^_^A・・・・自分の経験上です。
最初に優しい人ほど・・・・・・・・・・ってことです。


いつもながらにくだらない話となりましたが、
皆さんにとっても今年1年良い年でありますように。


長々とお付き合いありがとうございましたm(_ _ ) m