史跡を巡ると、歴史を感じることが出来るような気が・・・。 色んな地を巡って史跡を紹介しています〜 少しでも皆さんの史跡巡りのお役に立てれば嬉しい限りです。
史跡巡り「しばり地蔵」
2008年01月14日 (月) | 編集 |
慶明寺を後にした私は次の目的地へと向かっていました。
すると、民家らしき建物の奥に看板が立ってる。
それも、史跡の説明が書かれてるっぽい看板!
そして、原付を停めてその場所へ・・・・・・・・・・・・・・。

あ!しばり地蔵だ!!!!!

このしばり地蔵は、以前「路傍の歴史発見」で見たことがあったので知ってはいた・・・けど、
それがまさかココにあったとは・・・驚きでした。
しばりじぞう
慶明寺からはそう離れていません。徒歩なら10分くらいかな(地図)。
上の写真はしばり地蔵がある場所から慶明寺を写したものです。
右手の奥の高台・・・・お墓がたくさん見える場所が慶明寺であります。
しばり地蔵
この写真からも解るように・・・・よく見つけたなと自分でも感心するほど、
ちょっと解りにくい場所でもありますし、見過ごしてしまいそうでもあります。
(慶明寺への行きしなにも同じ場所を通ったのに全く気付かなかったくらいですし)
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「しばり地蔵石仏」

しばり地蔵
このお地蔵さんは、花岡岩(かこうがん)で出来ていて、地蔵菩薩本体の高さは97cm、
船方光背(光背⇒仏身から発する光明をかたどった、仏像の背後にある飾り)と
台座を合わせると146cmにもなります。
右手には錫杖、左手には宝珠を持ち、小蓮台に左足を降ろした半跏(はんか)踏み下げと
いわれる姿勢をとっています。
その姿は、巨大な石材の特質を最大限に生かしきった丸彫りに近い厚肉彫りで表され、
優しさのなかにもずっしりとした迫力を感じることができます。

残念ながらこの石仏には造られた年代を示す銘文は刻まれていません。
しかし、丁寧に彫り込んだ姿、顔立ち蓮弁(台座や光背)の様式などからみて、
鎌倉末期から南北朝時代(14世紀頃)に造られたものであることはほぼ間違いないとのことです。

この魅力的な石仏は、かつてこの地の東に存在したという白蛇の住む池への信仰から誕生
したと土地の伝説は語ります。
当時の人々は、神の使いとされ白蛇の住む聖なる場へ、
同じく尊い存在である地蔵菩薩を切なる願いを込めてお祈りしたのでしょう。

その後、石仏への長い信仰のなかで“21日の間、縄や紐で像を縛れば願いが叶う”
という霊験談が生まれ、いつの頃からか、“しばり地蔵”という名が広まっていったとのことです。

神戸市指定有形文化財であります。

                                      −説明板、大辞泉より−
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オススメ度は・・・・・慶明寺とご一緒にということで。

写真では解りづらいですが、本当にお地蔵さんが何本もの紐で縛られております。
考えてみれば色んなお地蔵さんがいるもんですね!
水を掛けたり、油を掛けたり・・・・・そして紐で縛るお地蔵さんまでいる。
他にも探せばもっともっとあるかもしれないですね。

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