2006年11月18日 (土) | 編集 |
「勝福寺」


今回訪れたとき、大がかりな工事をしていたので、
それほど写真を撮ることができませんでした・・・。
以前に訪れた写真とごっちゃまぜで紹介させていただきます。
地図⇒http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E135.7.43.8N34.39.26.5&ZM=9
アクセス⇒山陽「東須磨」下車、徒歩10分
山陽、地下鉄「板宿」下車、徒歩15分
住所⇒兵庫県神戸市須磨区大手町9丁目
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山寺・・・というのかな?山の麓の寺・・・かな?
少し急な坂道を登っていきます。

いつもながらに・・傾斜を写真で表現できないのが悔しい。
歩きかもしくは原付くらいで行くのが良いと思われます。
一応、車道がありますが、停めるとこがあるかどうか・・・ですし。
(寺務所?)

もしくは、住職さんが住んでる家かもです。

奥に見える穴にはお地蔵さんが祀られていました。
(桂尾山)

(五輪塔)


・・だけど詳細解らず。しかし立派な五輪塔でした。
今回は裏山に突入!!・・・のはずが。

こちらの細道から裏山へ行けます。八十八ヶ所巡りができるみたいです。




・・・その日は厚底靴履いていってたので、5分ほどで断念。
でも、運動靴履いていったとしても途中で断念していたと・・・思います。
山の所々にお地蔵さんは・・・ちょっと恐怖ですw|;゚ロ゚|w
八十八ヶ所巡りできる山なんでしょうがないんだけどね。
(本堂)

工事風景です・・・。工事が終わるのは平成20年4月末日だそうです。
(桂尾山からの眺め)

絶景かな!!・・・夜景も素晴らしそうではありますが、
夜にこの山を登るのは・・・恐怖との戦いだと。
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−勝福寺の由緒−
真言宗で本尊は聖観音菩薩。
勝福寺は永延2年(988)1016年の歴史を持つ古刹です。
太政大臣藤原伊尹の三男英雄丸が高野山で修行中、
摂津の国神撫山(今の高取山)附近に出没する鬼人を平定せよとの勅命を受け、
山麓に草庵を設け、日夜修法を行い祈願退散したことがはじまりとされています。
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−勝福寺と足利尊氏−
勝福寺の後ろの岡・・・、飛松岡に『松岡城』が、あったと伝えられています。
これは再度山の城主赤松範資が築いたものと云われていますが、
城とはいえず、丘の上の平地に笹が生い茂っているだけで、
「砦」ぐらいな簡素なものであったとされます。
観応2年(1351)2月・・・、
足利尊氏は弟直義と対立し、御影の浜で戦って尊氏軍は敗北。
尊氏らは参謀の高師直・師泰兄弟と共にこの松岡城に逃れてきた。
進退窮まった尊氏は自刃を決意する。
・・・が、まさにその時、尊氏の家臣「命鶴丸」が直義軍と和議が成立との
知らせが尊氏のもとへもたらされた。
しかし直義軍が出した和議の条件は参謀の高師直・師泰兄弟の引き渡しであった。
兄弟とも命を惜しみ出家するとの嘆願をしたが、
結局、その願いむなしく武庫川で一族もろとも討たれてしまった。
・・・のち、直義も毒殺され事態は収拾した(観応の擾乱)。
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また、足利尊氏が自刃しようとした場所は「ハラキリ堂」と呼ばれている。
証楽上人の墓辺りであるとの・・・ことですが、
探してみたけど・・・わかりませんでした。
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オススメ度☆☆★★★
でも・・・・工事が済んでからの方が良いかな・・・とは思います。
結構散乱していましたので。
この記事へのコメント
尊氏のはらきん堂(ハラキリ堂ではありません)あとは残っていませんが、勝福寺歴代和尚の墓所がそれにあたります。
証楽上人の証は言登です。
八十八ヶ所は桂尾山八十八ヶ所といいます。現在、現存する札所は70です。復興を現在計画中ですが、21番と22番札所の間に13仏山が現存しています。
今日現在の本堂再建工事は大工工事を終え、庫裏の修復完成を
待っているいるところで、7月末に本堂の階段が完成の予定です。
落慶法要は来年の4月4日です。
其のとき、勝福寺の記念誌を配布(有料)予定です。
現在は校正中。
申し遅れました。私は勝福寺の檀家で、勝福寺本堂建設委員会の兼吉正純といいます。
証楽上人の証は言登です。
八十八ヶ所は桂尾山八十八ヶ所といいます。現在、現存する札所は70です。復興を現在計画中ですが、21番と22番札所の間に13仏山が現存しています。
今日現在の本堂再建工事は大工工事を終え、庫裏の修復完成を
待っているいるところで、7月末に本堂の階段が完成の予定です。
落慶法要は来年の4月4日です。
其のとき、勝福寺の記念誌を配布(有料)予定です。
現在は校正中。
申し遅れました。私は勝福寺の檀家で、勝福寺本堂建設委員会の兼吉正純といいます。
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